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札幌の関目行政書士事務所
(所長の詳細なプロフィール)
1971年に奈良県奈良市に生まれる。
小学1年生までを奈良で過ごした後、大阪府池田市(後にある事件で
全国的に有名になる)に引っ越しました。
小学校中学校と勉強・スポーツ等において特筆すべき点はなく、
ごく普通の生活を送る。
中学3年の球技大会で、サッカーのゴールキーパーをやった際、
相手選手と交錯し、人生初の骨折(上腕部)を経験する。
さらにはいわゆるヤブのお医者さんにあたってしまい、
おかしいと気付いて別のお医者さんにかかったが、
適切な治療をしていれば必要がなかった手術(2回)を経験するハメに。。。
現在も上腕部に手術痕(長さ約10センチ)があるので、
所長の本人確認をされる際には是非ご利用下さい(笑)。
1987年、近畿大学附属高等学校に入学しました。
自宅から、阪急バス・阪急電車・大阪環状線・近鉄電車を乗り継ぎ、
さらに約20分の徒歩という片道約2時間30分の道のり。
なんとか3年間通い続けました。
その後、某K塾に1年間寄り道。ソフトボールチームを結成し、某Yゼミ
と交流戦を行ったのは良い思い出。
1991年、中央大学法学部法律学科に入学しました。
2年の時、友達数人とオールラウンドサークル「ロケッツ」を立ち上げる。
主に大学の施設を利用して、ソフトボール・バレー・バスケット・テニス
などを行う。(特に某K塾時代に鍛えたソフトボールにおいて、
ピッチャーとして活躍する)
飲み会の集合場所は、新宿駅東口の映画看板前でした。
現在は学内でも有数の大きなサークルとして活動中ということなので、
キャッチセールス・アポイントメントセールス・
マルチ商法などの悪質商法に引っかかってしまい悩んでいる
現役の「ロケッツ」メンバーや、
法的トラブルに悩む「ロケッツ」OB・OGは気軽に相談して下さい。
報酬はきっちり頂きますが(笑)。
そして大学卒業後、司法試験受験生という立場を骨の髄まで(笑)堪能
させてもらうこととなる。
2004年、北海道札幌市に引っ越しました。
なぜ、奈良→大阪→東京→北海道(札幌)と、
まるで●村●太郎サスペンスの犯人のように北上してきたのか?
それは、スギ花粉症による転地療養のためです。
今でこそスギ花粉症は世間的に認知されていますが、私が学生の時には
ほとんど認知されておらず、「毎年春先になると鼻風邪のような症状が出る
な―」という程度の認識で、特に対処もせず数年が経過しました。
しかし、この数年の間に耳鼻科を受診すべきでした。
なぜなら、スギ花粉症は軽症の段階であれば、薬を服用することで
症状がかなり改善する可能性があるのですが、中等症さらに重症になると、
より副作用が強い薬を服用しても症状が全く改善しないという悪循環に
陥ってしまうからです。
そして、私が耳鼻科を受診したときにはすでに重症レベルになっていました。
さらに、強い薬の副作用で、強烈な眠気・集中力の低下・単純な伝言内容
すらすぐに忘れてしまうという記憶障害に悩まされる始末。
この段階に至り、医者からスギ林のない北海道(札幌)か沖縄への
転地を勧められます。
さらに、軽度の記憶障害や集中力の低下等は転地後も3~5年は続く
かもしれないというお墨付きを頂く(笑)。
こうして、2004年に北海道札幌市に引っ越してきました。
当然、スギ花粉症の症状は全く出ませんでした。
記憶障害の症状を感じることもなく、集中力はもともとあまりないので(笑)、
快適に生活することができました。(豪雪と寒さには苦労しましたが)
そして、2006年に宅地建物取引主任者・2007年に行政書士の
試験を受け、それぞれの資格を取得することで、スギ花粉症の副作用とも
完全に決別しました。
2008年、関目行政書士事務所を札幌市北区に開設しました。
というわけで、ケガと病気とソフトボール(笑)がキーワードの人生を送って
きた所長のプロフィールでした。
行政書士は法律専門職のなかでも比較的敷居が低いと
言われております。
特に、当事務所は「敷居は低く、お悩み解決への志は高く」
をモットーに掲げておりますので、
あなたのお悩みを解決に導く最適な方法を見つける
ために、まずは当事務所にご相談頂ければと思います。
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